2009年4月25日土曜日

暮しの手帖からオレンジページへ

私が高校1年の時、新任の英語の教師から「この学校の英語のレベルは低い」と云われ私は何とかしてこの汚名は挽回すべしと考え、友人の従弟に高松経専(現 香川大学経済学部)を出て新聞記者になっている人に頼んで私達仲良しグループの4名で毎週1回夜2時間位教科書の予習をお願いした。効果的面、予習して望めば英語の時間が楽しくなりテストの成績もぐんぐんあがった。時間的、精神的に余裕が出てくると学習の終った時に「先生!playing card?」と云うようになりトランプをして遊ぶようになった。そんな時先生の美しい奥様も加わりとても楽しくなった。
ある日、自室のテーブルの上に暮しの手帖がのせてあった。
私は初めて見るこの雑誌がとても新鮮に思えた。
そして専用のカバーをかけてあった。
うわぁ、綺麗な雑誌だとても珍しく眺めた。

私が知っている婦人誌は母が毎月買っていた「主婦の友」だった。私も時々読んでいた。ある時キューリー夫人伝が載っていたのを読み子供心に女でもこんなすばらしい科学者がいるんだ、私もこういう人になりたいなぁーと夢を見たこともあった。私の生まれた香川県(サヌキの国)という土地柄は戦前、戦中絶対的な男尊女卑だった。私は長子として生まれたので祖父母にとっては初孫という事で大事に大事に育てられたが二番目も女が生まれ三番目も女が生まれたときには父はともかく祖父は「又オナゴの子が」と云ったっきり見にも来てくれなかったと後年ずーっと母はあの娘は可哀想だったと云い続けていた。その三女が一番優しくて三人の中で一番美人に育ったのに。

そんな中で私にとって暮しの手帖はとても素晴らしい雑誌に思えた。新聞記者の奥さんでこんなにアカ抜けた女性はしゃれた雑誌を読んでるなと思った。特製のカバー付の雑誌。雑誌を大事に扱おうという出版社の意思を感じた。私の心の中に暮らしの手帖は素敵な思い出を残してくれた。

以来、私の人生にも様々な事が起こりキューリー夫人のようになる道は歩む事が叶わず暮らしの手帖ともいつしか遠くに離れていった。
私が再度暮しの手帳に会ったのはそれから7年たった1956年イセザキ書房を開店した時だった。二ヶ月に一度発売される暮らしの手帖は私の頭の中では別格の存在だった。そして広告頁が一頁もないという事を知りそれがどんなに立派な困難な事かその時には私の考えが及ぶところだはなかった。
「主婦の友」「婦人生活」「主婦と生活」「婦人クラブ」この4誌が長い間婦人誌(当時は女性誌という呼び名はなかった)の代表格だった。主婦が家事をこなし女の常識向上に役立った。季節に応じた記事が掲載され主婦のテキストみたいな存在だった。結婚したら「主婦の友」と云いながら既婚女性の雑誌としてバッチリみとめられていた。
私は専業主婦にはなれずに終りそうだけど暇な時パラパラとめくる程度だったけど。
今は四誌共廃刊されてしまった。

暮しの手帖は広告を全くとっていないので広告主に気をつかうという事が全くなく、次々出てくる新しい商品のテストはとてもシビアだった。それだけに大変参考になった。「暮らしの手帖の評価が高かったのでこれ買った」という読者も多かった。私も時間のある時は楽しみにして開いてみた。特に大橋鎮子さんの頁(本の真中あたりの黄色い紙の頁)「すてきなあなたに」というタイトルの頁は魅力的だった。年令は私より上だろうか、下ではなさそうだが・・・・などと考えながら分かり易い筆運びとその内容に魅かれた。パリへ出かけるのもつい一寸そこまでという感じの旅行記。羨ましかった。
花森安治と名コンビで始まりずーっと一緒に歩いてきた。そして花森氏亡きあともその編集方針は変えることなく私達に生活の便利さ、知恵と生き方の合理性を教えてくれた。

私は書店をやりながら収益の事も考えながら、生活という人間の基本的な幸も求めてやまなかった。読書時間もなかなかとれなかったけどいつかきっとゆっくり読む時が出来るまで・・・・と考えて毎号一冊づつ店から買ってためておいた。一冊、一冊居間の棚に並べるだけで満腹感を味わっていた。
料理の頁、俳句の頁、短歌の頁、染めものの頁、花の育て方、生け方、飾り方の頁、子供の遊び道具の頁、ニーチキンの積み木の作り方の頁、おしゃれの頁(とっても役立つ実用的且つ美しい)カヌーの作り方という頁もあった。
フリープランという賃貸住宅の頁ではせまい公団住宅をワンルームにして広さを感じさせる術もあった。演劇類の話もあった。佃の渡しのお咲の役の二代目水谷八重子の若さと美しさ。島田正吾のうつりの良さ。書けば切がない。私が若返った気分になってゆく。
そして時は流れて私は高令になった。世の中は新自由主義とかいう時代になった。共産主義、社会主義、民主主義あたりまではほぼ理解できるが新自由主義なんていうものは私にはいいのか悪いのか人間を幸にするのかどうか全くよく分からない。私も美容院に行けば待ち時間があるので雑誌を手に取る。ある日、たまたま目の前にあったオレンジページを手にして大して期待もせずパラリパラリと開いた。週刊誌のような300円足らずのこの雑誌は売ることばかりはして来たが読んでみようと思った事がなかった。週刊新潮や週刊文春は手にとっても。



出版社名 オレンジページ
税込価格 310円


私が60年前に暮しの手帖をはじめて見た時に似た感動が走った、驚いた。素晴らしい雑誌ではないか。本屋をやっていながらこんな素晴らしい本を見落としていたなんて恥ずかしい。毎日毎日、必要な手料理の頁の出来の良さ、嬉しかった。

私は出来るだけ自分の食べるものは自分で作りたいと考えるように又なった。魚場で育った私は魚料理は自分でさばき煮たり焼いたりしたい。亡夫が食べ物にとてもうるさかった人なので(食通ではないが)子供の頃から食べて来た食べ物が美味しいと思う男であった。5品位はおかずがないと機嫌が悪かったので何とか夫に喜んでもらいたい一心で食材を選びお手伝いさんの手を借りながら亡夫の好物を一生懸命準備した。でも独りになってからは気が抜けてしまって誰も喜んでくれないし私一人のために労力を使う気になれなかった。もう十何年荒っぽい食生活になっていた。

入院したおかげで自分の体の事を考えるようになり美味しいものを食べたい、作りたいという気持ちになった。何十年もためていた高価な美しい食器も棚の奥で眼むらせてないでケーキを食べる時はこの皿で吸い物を食する時はこの椀で食べよう。お茶碗も好きで買ったこの茶碗に御飯を盛ろう。刺身を作ったときはこの大皿で並べようと思い出し棚の奥から客用にと考えて格納してあった高価な皿、小鉢を引っぱり出し手に届くところに置き直した。綺麗な皿に盛った煮物はいつもより美しくそして美味しい。
これはどの皿に盛ろうかと考えるのも嬉しくなった。オレンジページを発見したおかげでシンプルな料理も豊かな心で食べる術を覚えた。暮しの手帖の時代とは大きく異なる。雑誌の進化だと思う。
そして暮らしの手帖は今もずーっと続いている。
素晴らしいではないか。
雑誌の種類は何十倍も増えた。料理の事はオンパレード。男のためのものもある。男の人もきっと上手に作るだろうと思う。男子厨房に入るべしの時代になった。私はこういう時代だからこそ女性は謙虚になれと強く云いたい。私の生まれたふるさとの男尊女卑の時代には女性はもっと頭を使って強く美しくならねばならないと思っていた。今この時代だからこそ、女性よ謙虚になれ。そして男はもっと強くなって女性をしっかりリードすべしと叫びたい。

最近号の「すてきなあなたに」に書かれている大橋さんの一文を記しておきたい。時代は理解出来るかと思う。
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「ある日、通りかかった道で引き売りの魚屋さんを見つけました。長年なじみだった魚屋さんが店を閉めてしまって困っていたところでした。「家にも寄ってもらえませんか」「いいですよ火曜と金曜の夕方だけど・・・」場所を教えて来てもらいました。「ブリ、厚めに切って頂ける?」「オーケーこのくらい?」目の前で包丁を取り出して切ってくれます。「今度大きいカキ頼めるかしら」「いくつくらい」「15個くらいかな」コンビニには置いていない鮮魚がこうして買えるようになりました。今まで話しながら買い物できるのは個人商店だけと思っていました。でもそうでもありません。言ってみるものです。嬉しい発見でした。

(暮しの手帖39春107~106頁から文章抜粋)

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時代は止まる事なく動いている。



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現在、イセザキ書房にある在庫はこちらになります。
少し昔をしのんでみたい折には一冊いかがですか?
一冊¥500(税込)です。

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2009年4月18日土曜日

紙芝居は人生道場

自転車に舞台をのせて街へやって来た紙芝居屋さんの事を知ってる人はそんなに多くはないでしょう。そこで、何銭かの飴を買いそれを舐めながら紙芝居を観た記憶のある方はうんと少ないででしょう。飴を買うお金が無いので真前に行けず陰からそっと覗いていたら「○○君、飴買って無いんだから見れないよ」と友達に言われくやしい思いをした子供もいましたね。格差という言葉はなかったけどいつの時代にも恵まれた子供、そうでない子供はいたんですね。そのくやしい思いをした子供が学校の成績が良かったりしましたよね。

紙芝居は日本独特の文化です。今は幼稚園、保育園で観せてもらってると思います。そして更にお家でお母さんに演じてもらって何度も何度も演じているうちに子供の方が覚えてしまって「お母さん間違ったよ」と云ったりして。
又、観客は子供ばかりでなく今は老人ホームとかお寺とか町内会の集まりとか企業の教育用、宣伝用等にも紙芝居が利用されております。老人ホームのお年寄りが紙芝居を観ながら涙を流したりいたします。ストーリーの感激による涙ばかりではなく昔若かりし頃幼かりし頃を思いだし懐かしむ涙なんですね。大きな癒しになっております。

絵本よりも読み聞かせし易く観る側も一寸したお芝居気分も手伝って静かな拡がりを見せております。種類は限りなくありますがその中で私共イセザキ書房でよく売れているもの、又演じて好評のあったものを一覧表で並べてみました。絵が出せなくて残念ですがタイトルからほぼ想像していただけると思います。


※クリックで拡大(別窓)

もっと多く詳しく絵もご覧になりたい方はメールとか電話で御連絡下さればカタログを差し上げます。
100年に一度の経済危機が世界を襲い金融資本主義を生み出した新自由主義の弱肉強食のこの時代に私達はお金の前に先ず優しい心、他人への労わりの気持ち、そして誠実に生きる術を学ばねばならないと思います。
紙芝居は難しい事は何も云えないけれど皆人間として持たねばならない生きる生き方を巧まずして語りかけ心の中に響かせてくれる立派な人間教育の教材です。色々な場所で御利用いただけますようお願いいたします。



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2009年4月11日土曜日

目を開こう 耳をすまそう

手術後休んでいたヨガを又再開した。
半年も休んで体がなまってしまったら困ると思い少し無理かなと思いつつ参加した。開脚は私の得意芸だったのに60゜位しか開かない。
『人間の体は一日休むと三日後退する。三日休むと十日後退する。』と先生のいつもの言葉。全くその通りだと思った。
「無理しないでね佐藤さん」という先生の言葉に甘えてほどほどの90分間ですませた。

それでも気分はスッキリして年末の落ち込んでいた頃を思うととてもとても嬉しかった。三ヶ月位すれば元通りになるだろうと思い先が明るくなった。
帰路、大岡川沿いの桜並木を少し歩いてみた。
桜吹雪が舞い降りてきて私の身体を包んでくれる。
川面には桜の花びらがまるでイカダを流したようにいっぱい花びらが浮かんでいる。


桜の花は美しい。その命の短き故に尚いとほしい。
パッと開き一瞬の美しさを残し潔く散ってゆく様が私はとても好き。
そして日本の武士道に思い至る。



人は年令を重ねると心も体も大儀になる。
そして将来の希望より過去の事に心が動き若い時は良かったなぁー・・・もうこの年令では・・・・と思うようになるようだ。人間は生ものだから時間の経過と共に老化するのは自然の摂理でどんなに科学が進化してもこればかりはどうする事も出来ない事だ。
私も退院後はかなり参った。
体が動かない、スムーズに歩けない、痛い、五分と同じ姿勢でいられない。すると心まで痛くなってくる。
私はひたすらリハビリをしながら神に祈った。
一日も早く私の心と体が正常になりますようにと。

今、経済危機だとみんなが云う、みんながそう思っている。
トヨタのような模範生が人材カットするなんて。
それ以下の所は当然のように悪い、悪いと大合唱。本当に悪いと私も実感している。失業率何%と新聞が書く。
職を失うばかりか住居まで無くしてしまうのは本当に非情だと私も怒った。
そして私も零細小売店だからいつ我が身にふりかかるか分からない恐怖心に心が揺れた。
四、五日前だったか何かで読んだ。
「失業者が増える一方で農業とか介護サービス業は依然人手不足で求人をやっている。
ある所の農業で求人・面接そして何人か採用した所そのうち三日で止めて行った人が何人かいたらしい。「トヨタの時より時間は長く給料は安く労働がキツイ」といって去っていったらしい。今の農業は50年前の農家の仕事(私も子供の時少し経験している)に比べたら天国のように合理化されている。田植え、草取り、稲刈り、もみおとし・・・・・・すべて機械でやってしまう。
異なる事は同じ「物作り」でも車とは違って生き物だから天気に左右される面はあるだろう。
しかし、本当に失職して本当に働く場が欲しいなら私の常識ではこんな理由は理由にならない。
日本人は「楽」しすぎたのではなかろうか。
汗を流す喜び、働くという有難さを忘れてしまったのではないだろうか。

現内閣は選挙前という事もあり早く目に物を見せたいというあせりもあるかも分からないが15兆円がX時間後に又、国民を苦しめるような事になるような気がしてならない。
目先の事ばかりであせらないでほしい。
かえって何かとても大番ぶるまいのような気がして心配になってしまう。
もっと政府は知恵を出して事を進めてほしい。
今、経済のこと、お金の事だけの問題にしないでもっと根本的な事に手をつけてほしい。お金はついてまわる。政府は本気なら先ず我が身を削ってほしい。
歳費を大幅に下げるとか議員数を半分にするとか。それをすれば国民は本気度を信じると思う。ひいては選挙にも勝てると思う。

又、私達国民も自分の事ばかりに目を向けずにもっと視野を拡げて次代を荷う子供達に「人間とはどう生きるべきか」という事を大人が身をもって範と示さねばならないと思う。
「楽して金儲け」この方式が事故を起し次々に事件を作り世の中を悪くしていると私は思う。
私も年令も高い。何も持っていないけど必ず正常な日が訪れる事を信じて小さな店ながら毎日毎日どうやって読者に喜んで頂けるか・・・・そればかり寝ても覚めても考えている。
労働時間は長い、仕事もキツイ、利益も少ししか無いけどその事をなげく気持ちにはならない。
何とかして読者に喜ばれる店に育てたい。私の命には限りがあるが私のこの精神をうけついでくれる人を育てておきたい。それは途方もなく難しい事だけど難しければ難しいほど私は生き甲斐を感じて生きてゆける。そうして私は毎日毎日終わりのない人生の生き方という戦に挑戦し続けてゆくつもりである。
苦しい事を知った人にのみ喜びは格別大きいという声を聞きながら

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2009年4月4日土曜日

歴史は人が紡ぐもの

小学館発行の「日本の歴史」全16巻が完結した。
残すは別巻(日本文化の原型)が5月下旬に出るばかりになった。


又、NHKで松平定知氏がキャスターとして放送していた「その時歴史は動いた」も本年3月で9年間の長寿番組に幕が降りた。歴史は皆、学校で学んできたはずだけどそれは、まことに中央道の大まかな流れだけであったような気がするのは私ばかりではなかろうと思う。
小学館の日本の歴史は各巻夫々著者が異なっているのでその為に途中の面白そうな巻だけ読んでもノンフィクションを読んでいるような楽しみがある。
テレビの方は映像が加わるので歴史の教科書に出てこないような些細な事件も沢山、リアルに教えられた。松平さんの語り口が私は何故か好きでこの番組は楽しみにしていたのに無くなってしまってとても残念。その中で今、思い出してみると特に印象深かったのは白洲次郎という男の物語であった。
白洲正子については以前から目利きという事で色々本も読んだがその夫、白洲次郎という類まれなるジェントルマンであったという事はNHKの番組が源になって沢山出てまた本を読んで目を開かされた。


「白洲次郎占領を背負った男」
北康利/著

出版社名 講談社
税込価格 1,890円








「風の男白洲次郎」
新潮文庫
青柳恵介/著

出版社名 新潮社
税込価格 420円








「白洲次郎」
コロナ・ブックス 67
白洲正子/ほか〔著〕

税込価格 1,600円








「白洲次郎の流儀」
とんぼの本
白洲次郎/ほか著

出版社名 新潮社
税込価格 1,470円






「回想十年 1」
中公文庫
吉田茂/著

出版社名 中央公論社
税込価格 780円






等を面白くて次々に読んでゆき私は未だほんの子供であった敗戦後の困難な時代の事を60年経って初めて再認識させられた。そして少しブームが終ってからも私は店の棚にこれらの本を並べ続けた。
客層はやはり私前後の老人と呼ばれる人が多かったけど30代、20代の男性客も混ざっていた。
そしてこの度白洲次郎が物語としてテレビ化された事によって再びこの関係の本に読者の目がふり向けられた。私は白洲次郎ほどの男として完璧に近い人物を誰が演ずるのかという点に興味があった。
私は若い俳優をあまり知らないので予想つけ難かった。そして2回目の後半分のみ観る事が出来た。伊勢谷友介はなかなかのハンサムで外見は合格。そして英語も達者そうに思えた。でも最後まで見て違う、どこか違う。私の頭の中の本から得た資料を源にして描いている白洲次郎とはやはり違う。昔からそうだった。原作のある作品が映画化されると90%は私の頭の中のヒロイン・ヒーローと映画の中の俳優は異質に感じた。いつも、いつも。
今思い出すのは川端康成の雪国のヒロイン駒子と女優岸恵子はピッタリだった。

さて、白洲次郎のテレビはさておき敗戦の処理が大変困難であった事がよく分かった。マッカーサーを叱った男。
天皇陛下からのクリスマスプレゼントをGHQへ届けた時「その辺に置いておけ」と云われ「卑しくも日本の統治者であった者からの贈り物をその辺に置いておけとは何事ですか」と叱りとばし心の中では「戦争には負けたけど奴隷になったわけではない」と思った。そしてよくその言葉は口癖だったと云う一章を読んだ時私は胸がすくような思いになった。
又、吉田茂の「戦争に負けても戦後処理に勝った歴史はある」という文章も嬉しかった。
次郎は敗戦の年(1945年)43才であった。
まさしく人間働き盛りの40代に入った所であったのだ。これから白洲次郎は日本の復興のために思う存分力を発揮した。
新憲法作成の時の様子も次郎は誰よりも先を読んでいた。そして圧巻は1951年9月8日サンフランシスコ平和条約締結の日の事である。原稿を見せられ次郎は激怒した。
「独立しようとしている我が国がなぜ英文で書くのか。日本文に直せ」と命じて一夜がかりで和紙の巻紙に筆で書き直させたという話。私はこういうくだりの白洲次郎がえも云われぬ快感をもたらせてくれるのだ。
このように心、身、共に健全な日本人がのちの高度成長時代の根源を作ってくれたのだと思っている。私は小学校で敗戦、中学・高校は占領下の中で育ったという事をこれらの本を読みすすむうちにハッキリ認識できた。今、世界は大不況。日本も大変な時代になっているがこんな時にもきっと必ず白洲次郎のような人が出てくる事を私はずっと信じ続けている。
歴史は周期的に大波、小波で繰り返される。経済問題でも経済だけを見ていてはいけないと思う。時代を動かせるのは人。心ある人物の出てくる事を祈る気持ちでいっぱいだ。歴史の本は人を育てる。そして人が歴史を紡いでいく。

小学館「日本の歴史HP
NHKドラマ白洲次郎

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